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スタッフブログ

卒業を迎えて

2020.10.16 / 利用者の声

※今回は卒業を控えている利用者Nさんに通所の感想文を綴ってもらいました。

通所前の私

自分の本心を伝えることができず、我慢すること、できることは当たり前、失敗や躓きは必要以上に自責をし、人に頼り助けを求めることが苦手であった。

そのため、相手の顔色をうかがい不満があっても言葉にすることはなく、私のような者が不満を持ってはいけないと卑下していた。外では勿論、家庭内でもそう思っていた。例えば、主治医に自分の状態を伝えることができず、受診時に「先月と変わりないです」と言うことしかできなかった。

「私のような者が知識のある医者に意見を言ってはいけない」

「医者が処方しているのだから、良くなっていないといけない」

という意識が強く元気なふりをしていた。

家庭内でも必要以上に自分を卑下し、何か嫌なことを言われていてもヘラヘラと笑っていた。

家族全員が現役で働いている家庭のため、働いていない自分は「何を言われても仕方ない、団らんの空気を乱してはいけない、家事は何が何でもやらなければならない」という思いが強く、誰もいない日中が一番ホッとできる時間であった。

休日の家が一番、居心地が悪かった。

できていることより、できていないことにしか目が向かず、焦燥感に追い立てられていた。

また、雑談が嫌いで自分のことを話したくないのは勿論、必要以上に他人のことを知りたくなかった。

不満をため込みすぎ、自分にも他人にも厳しく、それなのに自分はその基準に達していない…と自責をしていた。

庭のパーゴラで実るブドウ

通所しての変化・成長

今思うと通所前のことは当時、当たり前のことと思っていたため、通所を開始して訓練を積んでいく度に、自分の歪さが見えてきて苦しい時期があった。

今まで見ないフリしていた悩みや不安、不満を一気に自覚して、正直、通所してからの方が悩み事は増えた。

まずはそれをひとつ、ひとつスタッフさんと丁寧に段階を踏んで解決していくことから始め、次にプログラムを通して他の利用者さんとのコミュニケーションを取るようにしていった。

最初はなかなか上手くいかず、後から入った利用者さんの進み具合と比較してしまったり、どうしても受け入れられない態度に怒りをため込んでしまったり…。

そういったことを含めて面談を通して本心を伝える練習、自分はどうしたいのか…等を整理していくうちに、ふっと「受け入れられないことは、受け入れなくてもいいのでは?」と思うと同時に「自分と他人との境界線が甘く、必要以上に相手に感情移入しているのでは?」と気が付いてからは、余計な力が抜けてお昼休憩での雑談も自然とできるようになり、気分でない時は断りを入れて一人の時間を作る…と適切な距離感でのコミュニケーションが取れ始めてきた。

また、家庭内での息苦しさは「外でも気遣い、家庭内でも家族へ気遣い、本当にリラックスできる時間が少ない」という事実も分かり、そこから自分の意見を伝えるようにし、一時期はぶつかることも多く、通所した後に帰宅して家族とぶつかるのかと思うとなかなか足が進まず、何時間も喫茶店や公園で過ごして気持ちを落ち着かせてから帰宅していた日も多かった。

そんな中、準備を進め通所中に実家を出て一人暮らしを開始し、物理的な距離感ができたことによりお互いに過度な干渉(私の場合は過度な気遣い)をすることが無くなった。たまに実家へ帰った時は変な気遣いも干渉もないため、以前よりもきちんと「会話」をしている実感があり、現在はフラットに家族との関係を築けていると思っている。

いつも楽しみにしていたJINEN-DOのランチ(ようこさんの手料理)

今後の生き方

新型コロナウィルスの影響で、実習が中断され、一時はどうなるかと不安でいっぱいだったが、無事に就職が決まり、嬉しさと安堵感、気持ちを新たに頑張っていこうという気持ちと同時に、できるだろうか、安定状態を保って働いていけるのだろうかという不安もある。

以前の私なら、その不安に押しつぶされて「頑張らなければいけない、トレーニングを積んだのだから不安に思ってはいけない、自信を持たなくてはいけない」と余計に自分を追い込んでいただろうが、今は「新しい環境に身を置くのだから、不安や自信が持てないのは当然。丁寧にひとつひとつ乗り越えていこう」と思えるまでになっている。 JINEN-DOの訓練で知った自分を否定せずに受け入れて、日々、成長する気持ちは忘れずに凝り固まった思考を柔軟にして「自分らしく」を合言葉に「自分の人生」を生きていこうと思う。

庭のつくばいで泳ぐメダカだち